人々だけではない、土地と生き物にも広がる被害
手足を失った子どもが多く報告される場所、紛争で命を落とした国連関係者が多い場所、短期間に植生の大部分が失われた場所。記事が投げかける問いの答えは、いずれもガザだ。かつてアフリカ、アジア、ヨーロッパを行き来する渡り鳥が集まり、教育水準の高さでも知られたこの地で、人々の暮らしと自然環境の双方が大きく損なわれている。
本書『ガザの声』は、作家や医師、教師、人権活動家、研究者、記者ら23人の記録を集めた一冊だ。グラフィックノベル『パレスチナ』で知られるジョー・サッコをはじめとする書き手たちは、戦争の被害を一つの角度だけでなく、多面的に描く。焦点は住民の死傷だけでなく、住まい、学校、農地、動物、インフラ、環境にも及んでいる。
本書が伝えようとするのは、人々の命だけでなく、暮らしを支える土地や仕組みまで破壊されているという現実だ。
証言を書き残し、忘却に抗う
記事は、パレスチナの人々にとって文章を書くことが、外の世界に現地の現実を伝える重要な手段だと述べる。死者や被害が数字だけになり、やがて忘れられてしまわないよう、書き手たちは経験を記録する。封鎖や戦闘が続くなかで、遠くにいる人々が現地で何が起きているのかを知るには、証言を読み、伝えられた事実や訴えに向き合う必要があるという。
本書が扱うのは、目の前の暴力だけではない。学校が壊されれば、子どもが学ぶ機会は奪われ、医療施設や道路が損なわれれば、けが人の治療や生活物資の運搬も難しくなる。こうした被害は一つひとつが別々に起きるのではなく、家族の生活や地域社会の再建を同時に困難にしていく。
兵士の行為を記録する理由
パレスチナ系移民の三世で、米国で外科医として働くジャーナリスト、メアリー・トゥルファは、イスラエル兵によるパレスチナ人への憎悪や、破壊を娯楽のように扱う行為を記録した。記事では、廃虚を撮影して軽い言葉を添えたり、住宅を爆破する様子を祝賀の演出に使ったりする投稿が紹介されている。占領下の家で見つけた衣服を身につけたり、子どものベッドで写真を撮ったりする行為も、非人道的なものとして取り上げられている。
トゥルファは、こうした行為を個人の一時的な逸脱だけで説明することはできず、戦争をめぐる集団的な文化として考えるべきだと論じる。記事によると、ソーシャルメディアでは、パレスチナ人の苦しみを嘲笑する画像や投稿も広がっているという。彼女が特に恐ろしいと記したのは、残虐な画像そのものだけでなく、そこに苦痛を喜ぶ態度が表れていることだ。
なお、心的外傷後ストレス障害(強い恐怖や体験の後に、記憶や不安などの症状が続く状態)を持ち出して兵士の行為を説明することは、記事の問題提起とは異なる。トゥルファが注目するのは、個人の心理状態だけでなく、暴力を見せ物にし、被害者を侮辱する風潮が社会の中でどう受け止められているかという点だ。
生態系の破壊は地域の外にも及ぶ
ジャーナリストのニーナ・ラカニは、本書に収録された「パレスチナのエコサイド(生態系を大規模に破壊すること)」と題する文章で、ガザの自然環境への被害を取り上げる。記事が紹介する推計では、2024年6月ごろまでに植生の83%、農地の70%が破壊された。攻撃で壊れた建物のがれきは約4,200万トンに上るとされ、そこには有害な廃棄物や遺体が混在し、空気や土壌、地下水への汚染が懸念されている。
環境への損失は、自然を守るという抽象的な問題にとどまらない。農地が使えなくなれば食料を育てる力が失われ、土や水が汚染されれば、避難生活を送る人々の健康や将来の復興にも影響する。記事は、こうした汚染や破壊がガザの境界内だけで終わらず、より広い環境に影響する可能性を専門家が指摘していると伝える。
戦闘による被害は、爆撃が止まった後も、汚染された土地や水、失われた農地という形で長く残りうる。
記事によれば、戦闘開始後の初期120日間に空爆や地上作戦によって排出された温室効果ガスは、気候変動の影響を受けやすい21か国が一年間に排出する量を上回ったとされる。これは、戦争が人命や建物だけでなく、気候や環境を通じて遠くの地域にも負担を及ぼすという問題を示している。破壊された土地を回復するには、停戦後も汚染の調査や廃棄物の処理、農地の再生など、長い時間をかけた取り組みが必要になる。
故郷に戻る希望を脅かす破壊
記事は、土地の荒廃が、将来そこへ帰るという人々の希望まで損なうと指摘する。家や農地、生活の基盤がなくなれば、故郷に戻ることは単に国境を越えて帰還するだけでは済まない。住まいを建て直し、仕事や教育、医療を再び確保するための条件が必要になるからだ。
イスラエル軍のヨゲブ・バル・シェシェト准将による発言として、帰還する人々が見るのは何も残っていない荒廃した土地だ、という趣旨の言葉も本書を通じて紹介されている。記事はこの発言を、土地の破壊がパレスチナ人の帰還や将来への希望を打ち砕くものだと論じる根拠の一つとしている。
渡り鳥や動物も戦争の被害から逃れられない
ガザ周辺には、かつてアフリカ、アジア、ヨーロッパから多数の渡り鳥が通過する「パレスチナ回廊」があった。記事によると、2023年の侵攻以降、250種の鳥が絶滅の危機にさらされている。生息地の破壊は、特定の鳥だけでなく、餌を得る場所や繁殖環境を共有する多くの生き物にも影響する。
人間以外の動物も、食料不足や住みかの消失から逃れられない。記事は、やせ細りながらも野良猫やロバに食べ物を分ける人々の姿を伝える一方、動物の権利を掲げる団体がガザの生態系破壊について沈黙していると批判する文章も紹介している。こうした記録は、動物保護や環境保全を掲げる組織が、政治的に難しい状況でどのような立場を取るのかという問いを投げかける。
記事はまた、イスラエルを「世界のヴィーガンの首都」と称賛する言説が、イスラエルに好意的な情報発信の一部として使われているとする論考も紹介する。ハスバラ(イスラエルの立場を海外に伝え、支持を広げようとする広報活動)という言葉で説明されるこの情報発信について、本書の寄稿者は、動物や環境への被害を語らないこととの矛盾を指摘している。
ボイコット運動と広がる経済的な圧力
一方、パレスチナの人権活動家オマル・バルグーティは、ボイコット・投資撤収・制裁運動、いわゆるBDS(企業や機関との取引や投資を見直し、政治的な圧力をかける運動)への支持が世界各地で広がっていると説明する。本書では、自治体や労働組合、企業が投資や事業計画を見直した例が紹介されている。
記事が挙げる例には、米カリフォルニア州アラメダ市によるイスラエルの兵器企業や化石燃料への投資禁止、ノルウェーの労働組合連合が年金基金に働きかけ、イスラエル国債の保有を解消させたことが含まれる。また、インテルがイスラエルでの新工場建設を中止したとされ、イスラエル企業へのベンチャー投資は、ガザでの大規模な軍事行動が始まった2023年に75%減少したという。
- 自治体や労働組合が、資金の投資先を見直すよう働きかけている。
- 企業の事業計画や投資判断も、戦争と人権をめぐる批判の影響を受けている。
- 消費者や投資家の選択が、企業や機関への圧力になるという考え方が運動の基盤にある。
こうした取り組みの効果や評価をめぐっては、国や組織によって立場が異なる。それでも本書の寄稿者は、武器や資金、企業活動を通じて戦争に関わる可能性を問い直し、経済的な選択を政治的な意思表示として用いる動きに注目している。
絶望のなかでも続く、ケアと記録
本書に収められた文章は、破壊や喪失を伝えるだけでなく、人々が互いを支える姿も描く。銃口を向けられても患者の治療を続ける医師、がれきの中で子どもに文字を教える人、危険が続く現場へ戻って報道を続ける記者がいる。食べ物が不足するなか、野良猫やロバに分け与える行為も、命をつなごうとする日常の一部として記録されている。
パレスチナの詩人マフムード・ダルウィーシュの「できるかぎり、私たちは人生を愛する」という言葉も、本書が描く希望を象徴する。ここでいう希望は、苦しみを軽く見たり、被害を美化したりすることではない。耐えがたい状況の中でも、治療し、教え、書き、食べ物を分け合う人々の行動を見つめることにある。
記事は、1948年前後にパレスチナ人が故郷を追われた出来事を指すナクバ(アラビア語で「大惨事」を意味する言葉)にも触れ、長く続く歴史的な喪失と現在の暴力を結びつける。『ガザの声』が読者に求めるのは、遠い場所の出来事として目をそらすのではなく、記録された声を聞き続けることだ。書き手が書き続けるなら、読み手も読み、記憶し、連帯する――それが暴力の終結を求める行動の一つになると、本書は訴えている。



















