17歳の新星、インド女子アーチェリーの歴史を変える
インドのクムクム・アニル・モホドは、2026年の愛知・名古屋アジア大会で女子リカーブ(弓の両端が反り返った、オリンピックでも使われる弓)の団体戦と個人戦を制した。初めて出場したアジア大会で、インド女子アーチェリーにとって大きな節目となる金メダルを二つ手にした。
団体戦ではアンキタ・バカット、キルティ・シャルマとともに韓国を破り、インド女子として初めて同種目の金メダルを獲得。翌日の個人戦決勝でも韓国のオ・イェジンを下し、リカーブ個人戦でインド女子初のアジア大会金メダルをつかんだ。
祖母が弓を買うために渡した3000ルピー。そこから8年後、17歳のモホドは韓国を破り、インド女子アーチェリーの歴史に名を刻んだ。
最後の一射で決着した個人戦
個人戦の決勝は、規定のセットを終えて5対5の同点となり、勝敗はシュートオフ(同点のときに追加で矢を射て勝者を決める方式)に持ち込まれた。緊張が高まる場面で、モホドは10点を射抜いた。一方、オ・イェジンの矢は8点にとどまり、モホドの勝利が決まった。
アーチェリーでは、的の中心に近いほど高い点数が与えられる。わずかな風や体の揺れ、弓を引く力の変化が矢の着地点に影響するため、選手には技術だけでなく、重要な一射でも落ち着きを保つ力が求められる。
今回の団体戦では、韓国女子がアジア大会で続けてきた連覇をモホドたちが止めた。さらに個人戦でも韓国選手に勝利したことで、韓国女子は1978年のバンコク大会以来、アジア大会で初めて金メダルなしに終わった。リカーブがアジア大会の正式種目となって以来、初めての出来事だった。
団体戦と個人戦、二つの金メダル
- 女子団体戦:モホド、アンキタ・バカット、キルティ・シャルマが優勝
- 女子個人戦:決勝でオ・イェジンをシュートオフの末に破る
- 混合団体戦:銀メダルを獲得
祖母の支援で手にした最初の弓
モホドはインド西部マハラシュトラ州のアムラバティで育った。父アニル・マノハルは菓子店に納める箱を作る仕事をし、母ルパリは娘にアーチェリーを勧めた。2018年にモホドが初めて弓を手にしたとき、購入費を助けたのは祖母のクスムだった。
弓を始めてからわずか半年で、モホドは全国のジュニア大会で銀メダルを獲得した。生まれ育った地域では、村の祭りで子どもたちが弓を体験できる催しがあり、将来の選手を見つける機会にもなっていたという。競技を始める入口が身近にあったことも、彼女が才能を伸ばす助けになったとみられる。
インドでは、かつてアーチェリーを始めるのは11~12歳ごろが一般的だったが、祭りの体験会では5~6歳の子どもが弓に触れることもできた。競技用の設備や専門的な練習が整う前に、まず「弓を引いてみる」経験を得られる。こうした地域の取り組みは、競技に出会う機会を広げる役割を果たしている。
才能を支えた地域の入口
スポーツで頭角を現すには、本人の努力だけでなく、競技を知り、最初の一歩を踏み出せる環境も重要だ。身近な祭りで弓を試せることは、専用施設へ通う前の子どもにとって、アーチェリーを自分の選択肢として知るきっかけになる。
古い弓と家族の送迎、それでも続けた練習
早くから結果を残していたモホドも、すぐに新しい道具や十分な練習環境を手にできたわけではない。上海ワールドカップの女子団体戦で金メダルを射たときに使っていたのは、5年間使い続けた中古の弓だった。
一緒に練習場へ通っていた子どもたちが競技をやめると、移動費の負担が家族に重くのしかかった。そこで父はオートバイに娘を乗せ、練習や大会へ送り迎えした。大会に出場する費用も家族にとって簡単に負担できるものではなかった。
コーチのプラフル・ダンゲによると、モホドは学ぶ意欲が強く、弓を引く技術を身につけるのも速かった。新型コロナウイルスの流行で通常の練習が難しくなった時期には、短い距離から矢を射る練習を繰り返した。距離を抑えて動作に集中することで、弓を引くときに背中の筋肉を使う感覚を覚える助けになったという。
高価な道具がそろわなくても、古い弓を使い、限られた場所で練習を続けた。家族の送迎と本人の工夫が、国際舞台へつながる土台となった。
ジュニア大会から代表入り、段階を踏んだ成長
モホドの活躍は、アジア大会で突然生まれたものではない。インドの若手選手を支援する「ケロ・インディア」の支援を受け、競技経験を積んできた。今年はシニア(年齢制限のないトップカテゴリー)での初シーズンに、上海ワールドカップの女子団体戦で金メダルを獲得し、国際舞台で存在感を示した。
アジア大会の代表選考では、オリンピックに4度出場したベテランのディピカ・クマリを上回り、代表入りを果たした。若さだけでなく、国内で積み重ねた結果と選考での実力が、初めての大舞台への切符につながった。
アーチェリーは、力の強さだけで勝敗が決まる競技ではない。毎回同じ姿勢で弓を引き、狙いを定め、矢を放つ動作を繰り返す。そのわずかな差を抑えながら、試合の重圧にも対応する必要がある。モホドは、若くしてその両方を大舞台で示した。
父が金メダルのたびに贈るお菓子
上海ワールドカップで娘が金メダルを獲得すると、父はかつて箱を納めていた菓子店に電話し、お菓子を注文した。箱を作っていた父が、娘の勝利を祝うために菓子を買い、その品をモホドに贈ったのだ。
父は、メダルを獲得したときや代表に選ばれたときにも、以前の取引先へ連絡してお菓子を用意すると話している。今回のアジア大会でも、同じ祝い方をする予定だという。高価な贈り物ではなく、家族の仕事や日々の暮らしと結びついたお菓子が、勝利の記憶を彩っている。
娘が大きな舞台で結果を出すたび、父は慣れ親しんだ方法で喜びを伝える。弓を手にしたときの祖母の支援、練習場までの父の送り迎え、そして勝利後のお菓子。モホドの成長の背後には、家族が長い時間をかけて支えてきた歩みがある。
2028年ロサンゼルス五輪へ続く期待
17歳のモホドは、アジア大会でインド女子アーチェリー初の団体金メダルと個人金メダルを一度に手にした。韓国の連覇を止め、個人戦でも最後の一射で勝利した経験は、今後の国際大会に向けても大きな自信となるだろう。
一方、アジア大会の結果だけで将来の成績が決まるわけではない。各国の選手が研究を重ね、競技環境も変化するなかで、技術を保ち、試合ごとの条件に対応し続けることが必要だ。代表争いや大会出場を通して経験を重ねられるかも、これからの課題となる。
それでも、限られた道具と練習環境のなかで力を伸ばし、世界の強豪を相手に結果を残した17歳の登場は、インド女子アーチェリーに新たな可能性を示した。2028年のロサンゼルス五輪に向け、モホドがどのように成長を続けるのか、注目が集まりそうだ。



















