開庁前日も続く準備不足
韓国では10月2日、重大犯罪を捜査する「重大犯罪捜査庁」と、起訴(裁判にかけるため、検察官が正式に訴えを起こすこと)を担う「起訴庁」が発足する。同日には改正刑事訴訟法も施行され、検察官が自ら事件を捜査する権限はなくなる。1954年の刑事訴訟法制定以降、約72年間続いてきた仕組みが大きく変わることになる。
しかし、制度を動かすための人員や設備は整いきっていない。10月1日時点で、重大犯罪捜査庁は職員の配置、組織の細部、庁舎、通信・保安設備などに課題を残したまま、翌日の開庁を迎える状況だ。法務部、起訴庁、重大犯罪捜査庁、警察庁のトップも全員が不在とされ、制度改革を主導する側の体制にも空白がある。
検察庁の廃止と新組織の発足は、看板を掛け替えるだけでは完了しない。捜査を受け付け、記録を管理し、職員が安全に働ける仕組みを同時に整える必要がある。
人員は定員の約68%、幹部級はさらに不足
開庁前日の段階で、重大犯罪捜査庁の特例採用に応募した人は、第1次・第2次を合わせて1,962人だった。これは定員2,874人の約68%に当たる。定員を満たすための採用が進んでいないうえ、応募者数と実際に勤務を始める職員数も同じではないため、現場の人手不足が懸念される。
特に不足が目立つのは、1級から5級までの幹部級捜査官だ。この区分の定員は629人だが、応募者は212人にとどまり、定員の約34%にすぎない。幹部級職員は、捜査方針を決めたり、事件を担当するチームをまとめたりする役割を担うため、人数が足りなければ個々の捜査官だけでなく、組織全体の運営にも影響が及ぶ可能性がある。
初代庁長候補の金志勇氏は9月7日に指名されたが、任命手続きが遅れた。そのため、庁長の推薦を経ないまま、1~5級の捜査官に対する人事発令が開庁前日に急いで行われた。検察から移る検事や捜査官の一部にも、勤務地が前日になって初めて伝えられたとされ、職員の間に混乱が広がっている。
配置の遅れが現場にもたらす負担
勤務地や担当が直前まで分からなければ、通勤や引っ越しの準備だけでなく、事件の引き継ぎや部署間の連携にも時間がかかる。例えば、担当者が決まらないまま開庁日を迎えれば、誰が事件記録を受け取り、どの部署が初動を担うのかを確認する作業が必要になる。新組織が迅速に捜査を始められるかどうかは、採用人数だけでなく、配置と引き継ぎの実務がどれほど整っているかにも左右される。
庁舎は一部しか使えず、留置施設もない
重大犯罪捜査庁の本庁とソウル庁が入る予定の建物は、ソウル市中心部のルネススクエアビルだ。2階から17階までを借りているものの、すぐに利用できるのは6フロアに限られるとされる。建物を確保していても、執務スペースや設備が使える状態でなければ、職員や捜査部門を予定どおり配置することは難しい。
さらに、本庁舎には逮捕・勾留した容疑者を一時的に収容する留置施設がない。留置施設は、捜査中の人を裁判や次の手続きまで安全に収容する場所だ。必要な施設が庁舎内にない場合、容疑者の移送や関係機関との調整が増え、捜査の運営に追加の手間が生じる可能性がある。
捜査に欠かせない通信・保安環境
捜査機関では、事件の情報や個人情報を扱うため、職員同士が連絡を取る通信網と、情報を外部から守る保安設備が欠かせない。ところが、重大犯罪捜査庁は開庁時点で、こうした基本的な内部インフラの構築も完了していない。一般企業で例えるなら、新しい部署を立ち上げた日に、社内ネットワークや情報保護の仕組みが十分に使えない状態に近い。
通信や保安の整備が遅れれば、単に仕事が不便になるだけではない。事件情報を安全に共有できるか、必要な記録を担当者がすぐ確認できるかにも関わるため、捜査の正確さや情報管理に影響するおそれがある。開庁後にどの設備がいつ利用可能になるのか、移行期間中にどのような代替手段を使うのかが重要になる。
事件管理システムの本格稼働は年末以降
捜査に必要な刑事司法情報システムも、開庁時点では完成していない。このシステムは、事件の受付や担当者への割り振り、捜査の進み具合、記録などを電子的に管理する仕組みだ。開庁直後に使えるのは、重大事件の引き継ぎを受けることや、事件を受け付けて担当を割り当てる機能などに限られる。
事件処理に関する機能が動き出すのは、年末ごろになる見通しだ。それまでは、捜査記録を紙の文書で作成し、事件の管理帳簿も手書きでつける必要がある。紙の書類を使うと、記録の検索や複数部署での共有に時間がかかり、書き写しの誤りや書類の紛失を防ぐための管理負担も増える。
独自の事件管理システムを完成させるには、約3年かかる見通しだ。つまり、開庁当初の暫定的な運用だけでなく、新組織に合った情報基盤を整える作業も長期にわたる。
手作業から電子管理へ移る際の課題
紙で記録を管理する期間には、事件番号や担当部署、捜査の進行状況を正確に照合する必要がある。後から電子システムへ情報を移す際、紙の記録と入力データに食い違いがあれば、事件の経過を追う作業が複雑になる。移行後に過去の記録をどのように登録し、どの職員が確認するのかも、捜査の連続性を保つうえで重要な課題となる。
起訴庁も規則の整備が間に合わず
新しい刑事司法制度の準備不足は、重大犯罪捜査庁だけの問題ではない。検察官の捜査権をなくす改正刑事訴訟法に基づき、起訴庁も9月29日に最初の人事を行ったが、現場で使う下位法令や規則の整備は十分に進んでいない。下位法令とは、法律を実際に運用するため、手続きや役割分担を具体的に定める規則などを指す。
直ちに改正または新設が必要な下位法令は100を超えるとされる。法律の大枠が変わっても、事件をどの機関が受け取るのか、手続きをどう進めるのかが細かく定まらなければ、職員は個別の案件ごとに確認を迫られる。制度の切り替え直後には、旧制度での経験と新しいルールの間で判断が分かれ、実務上の混乱が起きる可能性がある。
刑事訴訟法は、捜査や裁判の手順を定める法律だ。今回の改正は、検察官が直接捜査する仕組みを改め、捜査機関と起訴を担う組織の役割を切り分ける大きな変更となる。制度の理念だけでなく、警察や新組織、起訴庁の間で事件情報をどう引き継ぐかを具体化することが、実際の運用を左右する。
合同捜査組織の解体で捜査の空白も懸念
検察庁の廃止に伴い、検察が参加してきた合同捜査組織も活動を終えている。ソウル西部地検に置かれ、梨泰院事故の真相究明に当たった合同捜査チームは、1年2か月の捜査を経て9月30日に活動を停止した。ソウル東部地検の電話詐欺合同捜査部や、ソウル南部地検の金融・証券犯罪合同捜査部も解体された。
複数の機関が参加する合同捜査は、警察だけでは扱いにくい事件で、金融や税務などの専門知識を持つ職員を集める役割を担ってきた。組織が解体された後も同じように捜査を続けられるかは、参加機関の人員や情報共有の仕組みが途切れずに引き継がれるかにかかっている。重大犯罪捜査庁は、警察、金融委員会、国税庁などから職員の派遣を受け、合同捜査を続ける計画だ。
ただし、派遣職員を集めるだけでは、以前の組織と同じ活動がすぐにできるとは限らない。事件の責任者を誰が務めるのか、機関ごとの情報をどの手順で共有するのか、捜査の結論をどこにつなぐのかを明確にする必要がある。制度の移行期に重大事件の捜査が滞らないよう、組織の再編と事件の引き継ぎを同時に進めることが課題となる。
80年近い刑事司法の仕組みを切り替える
韓国の検察庁は1948年の政府樹立とともに発足し、10月2日に廃止される。検察庁に代わって、重大犯罪捜査庁が7種類の重大犯罪を担当し、起訴庁が起訴機能を担う体制へ移る。検察の直接捜査権をなくすことは、捜査と起訴を分け、権限の集中を改める刑事司法改革の一環だ。
制度を変える目的が何であれ、発足直後に捜査の受け付けや記録の管理が滞れば、影響を受けるのは事件の当事者や被害者、捜査を求める市民だ。新しい組織が信頼を得るには、職員の配置、設備、法令、機関同士の連携を実際に機能させる必要がある。開庁後は、予定どおりに事件を引き継げるか、手作業による記録管理に誤りが出ないか、合同捜査を継続できるかが焦点となる。
今後、確認される主な点
- 人員の補充と配置:定員に届いていない採用をどう進め、幹部級職員の不足をどう補うか。
- 庁舎と設備の整備:利用できるフロアや留置施設、通信・保安網をいつまでに整えるか。
- 事件管理の暫定運用:年末までの紙による記録管理をどう統一し、電子システムへの移行をどう進めるか。
- 法令と機関間連携:100を超える下位法令の整備を急ぎ、警察や関係機関との事件引き継ぎを円滑にできるか。
- 合同捜査の継続:旧組織の解体後も、重大事件の捜査に必要な人材と情報共有を確保できるか。
新体制は10月2日に始動するが、組織の看板が変わることと、捜査の現場が十分に機能することは別の問題だ。人事や法令、施設、情報システムの不足をどれほど速く解消できるかが、制度改革の初期段階を左右する。約80年続いた刑事司法の仕組みを切り替える作業は、開庁後も続くことになる。



















