絵を並べるだけでは、物語にならなかった

人類は古くから、絵を使って出来事を伝えてきた。古代エジプトの墓の壁には、種をまき、作物を収穫し、倉庫へ運ぶまでの場面が描かれている。11世紀に作られた長さ約70メートルのバイユー刺繍も、ノルマン征服の出来事を連続した絵で表現した作品だ。

こうした絵は、広い意味では漫画の先祖とみなせる。しかし、現代の漫画と大きく違う点がある。場面と場面を区切る枠がなく、どこで一つの出来事が終わり、次の出来事が始まるのかが、絵だけでは分かりにくかった。

そのため、絵の内容を理解するには、そばにいる人の説明や、物語についての事前知識が必要だった。絵は物語を含んでいても、それだけで順序立てて伝える仕組みにはなっていなかったのである。

絵を「順番に読める物語」に変えた重要な仕組みが、場面を囲む「コマ」だった。

1837年、絵に「先」と「後」が生まれる

ロドルフ・テプフェールが形にした新しい表現

スイスのジュネーブで教師をしていたロドルフ・テプフェールは、1837年に『ヴィユ・ボワ氏物語』を出版した。ページには一つから六つほどのコマが配置され、それぞれの絵の下に短い文章が添えられていた。ドイツの作家ゲーテが作品を見て感心し、出版を勧めたという逸話も伝わっている。

一枚の絵は、ある瞬間の状況を見せるのに向いている。一方、複数の絵を順番に並べれば、「誰が何をしたか」「その結果、何が起きたか」を描ける。コマによって、絵の中に「先に起きたこと」と「後に起きたこと」という時間の流れが持ち込まれた。

コマの役割は、単に絵を枠で囲むことだけではない。どこまでが一つの場面なのかを示し、次のコマへ視線を誘導し、物語を読む順番を読者に伝える。言い換えれば、コマは絵を並べるための容器であると同時に、読者の理解を助ける案内標識でもある。

映画とは異なる「読む速さ」

映画の画面は決められた時間だけ映り、次の場面へ移る。漫画のコマはページに残り続けるため、読者は前の場面を見返したり、気になる絵の前で立ち止まったり、必要なら先へ進んだりできる。

つまり映画では監督が観客の見る時間をある程度決めるのに対し、漫画では読者が読む速さを決める。何気ない会話のコマをすぐ読み飛ばすことも、重要な表情のコマを長く眺めることもできる。この自由さが、漫画を静止した絵とは異なる物語メディアにした。

描かれていない部分を、読者がつなぐ

コマとコマの間にある想像の空間

漫画の表現で見逃せないのは、描かれたコマだけではない。作者は、コマとコマの間に起きたことをすべて描くわけではない。読者は省略された動きや時間を想像し、前後の場面を頭の中でつなぎ合わせる。

漫画理論家のスコット・マクラウドは、1993年の著書『マンガ学』で、コマとコマの間の空白を「ガター」と呼んだ。たとえば、あるコマで人物がドアに手をかけ、次のコマで部屋の中に立っていれば、読者はドアを開けて入った過程を補って理解する。すべての動作を描かなくても、物語が伝わるのはこのためだ。

この省略は、少ない絵で多くの情報を伝える力につながる。さらに1897年、アメリカの新聞連載漫画『カッツェンジャマー・キッズ』では、人物の言葉を吹き出しに入れる表現が登場した。絵が場面を見せ、文章や吹き出しが状況や会話を補うことで、漫画はより複雑な物語を扱えるようになった。

一度きりの絵から、次回を待つ連載へ

コマの連なりは、漫画の売り方も変えた。一枚の風刺画は、その場の出来事を皮肉ったり、短く要約したりするのに向いている。しかし、物語が続く漫画なら、読者は次の回を読みたくなる。

新聞社にとって連載漫画は、読者に次の号も買ってもらう理由になった。新聞の販売を競ったジョセフ・ピューリツァーやウィリアム・ランドルフ・ハーストの時代には、日曜版の漫画ページが拡大し、新聞漫画を複数の新聞社へ届ける配信事業も広がった。絵を一度売って終わるのではなく、続きの物語を通じて読者との関係を保つ仕組みが生まれたのである。

連載漫画は、物語の形式だけでなく、読者が次の号を買うという出版ビジネスの習慣も形づくった。

紙のページが生んだ表現と、動かしにくい限界

コマを使った漫画は、長い間、紙の大きさやページの構成に強く縛られていた。一度に目に入るコマの数や、コマの間隔には限りがある。どこを大きく見せ、どこを小さく区切るかは物語の都合だけでは決まらず、印刷するページに収まるかどうかにも左右された。

現在の北米の漫画本で標準的な判型(本の縦横の寸法)は、幅約16.8センチ、縦約26センチだ。このサイズは1933年、アメリカの印刷所の従業員が新聞用紙を折りたたんで考案した寸法をもとにしており、その後も大きく変わっていないという。漫画の表現が長く似たページの形にとどまった背景には、こうした印刷と製本の条件があった。

ただし、紙は制約だけをもたらしたわけではない。ページをめくる動作によって、読者の視界から前のページを隠し、新しい場面を一度に見せることができた。作者にとってページをめくる瞬間は、読者に見せる情報を一時的に遮り、驚きや緊張を生み出せる貴重な演出の機会だった。

日本の漫画では、手塚治虫が活躍した1940年代以降、ページをめくる瞬間を意識した演出が発展した。決定的な場面を、めくる直前のページや見開きに置くことで、読者の期待を高める。コマの大きさや配置を変えて登場人物の感情を表す工夫も広がったが、作品を載せる基本の器は長らく「本」のままだった。

形式が変わると、産業の仕組みも変わる

紙の漫画は、雑誌に連載し、単行本にまとめ、人気作を映像化したり関連商品を販売したりする流れを作った。作品が紙のページを前提にしていると、作家や編集者もその規格に合わせた技術を身につける。長年うまく機能してきた仕組みは、別の形式へ移る動機を弱めることもある。

その一方で、ページの大きさが決まっている以上、読者が一度に目にする情報量や、コマ同士の距離を自由に変えるには限界がある。紙の漫画が豊かな表現を発展させてきたからこそ、別の画面へ移ったときに、何が可能になるのかが問われることになった。


韓国で生まれた、縦に読む漫画

出版市場の縮小が、別の道を開いた

紙を前提とした漫画の形を大きく揺さぶったのは、漫画産業が安定していた国ではなく、市場の縮小に直面していた韓国だった。1997年に青少年保護法が漫画を有害媒体の審査対象に加えると、書店が漫画を店頭から外し始めた。さらに外国為替危機の影響や、漫画を買うより貸本店で借りる習慣の広がりも重なり、2000年ごろから漫画雑誌が相次いで休刊した。

1990年代半ばには数十種類あった韓国の漫画雑誌は、2010年代後半には十種類を下回るまで減ったという。作品を連載する場所を失った作家たちは、2000年代初めにインターネットのポータルサイトへ活躍の場を移していった。当時のポータルサイトは、利用者に長く滞在してもらうための読み物を必要としており、漫画は読者を集めるコンテンツの一つになった。

2003年10月、カンプルの『純情漫画』がポータルサイトの漫画サービスで連載を始めた。短い話を並べる形式が中心だったウェブ漫画に、長い物語を継続して読ませる作品が加わった。画面上の漫画には、折りたたむ紙も、決められたページ数もない。コマを紙のサイズに合わせる必要がなくなったのである。

余白が、読者の時間をつくる

縦スクロール形式では、コマとコマの間の空白を自由に長くしたり短くしたりできる。空白が長ければ、読者は次の場面にたどり着くまで画面を何度も動かすことになり、物語の時間が引き延ばされたように感じる。逆にコマを詰めて並べれば、場面を速いテンポで読み進められる。

この変化は、紙の漫画で読者が握っていた読む速さの一部を、作者が演出できるようにした。スマートフォンの縦長画面と、指で上へ送る操作が組み合わさり、現在のウェブトゥーンの基本的な形が整った。画面を下へ読み進めることが、ページをめくる動作に代わる新しい物語のリズムになった。

空白の先に、恐怖や驚きを置く

縦スクロールならではの表現が分かりやすく表れるのが、恐怖漫画の演出だ。怖い場面の前に長い空白を置くと、読者は何も描かれていない画面を何度か動かしながら、次に何が現れるのかを待つことになる。突然、怪物や幽霊の姿が画面に現れれば、緊張や驚きが強まる。

紙のページでは、ページ全体を一度に見渡せることが多いため、次の場面が先に目に入ってしまう場合がある。縦スクロールでは、画面を動かすまで先の絵が見えないようにできる。紙の漫画市場が縮小したことから生まれた対応策は、スマートフォンの操作と結びつき、紙では難しかった演出を可能にした。

紙の規格から離れたことで、コマの配置だけでなく、読者が画面を動かす時間そのものが表現の一部になった。

電子漫画の拡大で揺れる、出版中心の市場

日本でも紙からデジタルへの移行が進む

日本の漫画産業は長年、雑誌連載から単行本へ作品を広げ、さらにアニメや関連商品へ展開する仕組みを築いてきた。紙の雑誌と単行本が大きな市場を支えていたため、縦スクロール形式へ急いで移る必要は小さかった。作家や編集者にも、紙のページに合わせて物語を組み立てる技術が蓄積されていた。

しかし、電子漫画の利用が広がり、市場環境は変化している。記事が示す数字では、2025年に日本の漫画市場に占める電子漫画の割合は76.1%に達した。一方、紙の漫画雑誌の売上は前年から12.7%減少したとされる。

紙の読者が一夜にしていなくなるわけではないが、作品が読まれる場所は確実に広がっている。2024年には、紙の出版を中心にしてきた集英社も、縦スクロール型のアプリ「ジャンプトゥーン」を立ち上げた。出版社にとっても、デジタル向けの作品づくりや配信方法を検討することが、事業を続けるうえで重要になっている。

作品の届け方が増えるほど、求められる設計も変わる

紙の漫画では、ページをめくる場所や見開きの構成が物語のテンポを左右する。縦スクロール漫画では、画面をどれだけ動かすか、空白をどこに置くか、スマートフォンで一度に見える範囲に何を配置するかが重要になる。同じ登場人物や筋書きでも、媒体が違えば、読者の感じ方に合わせて演出を組み立て直す必要がある。

デジタル配信は、国や地域を越えて作品を届けやすくする一方、作家や運営企業には別の課題も生む。読者が使う端末や画面の大きさ、翻訳の読みやすさ、連載を続けるための収益づくりなどを考えなければならない。ウェブトゥーンが広がるほど、作品の内容だけでなく、読みやすさや配信の仕組みも競争力を左右する。


コマの歴史は、物語の並べ方の歴史

漫画の歴史を振り返ると、絵をどのように配置するかが、物語の伝わり方を何度も変えてきた。コマの発明は、絵に順序と時間を与えた。新聞連載は読者が続きを待つ習慣を生み、紙のページは「めくる」という動作を驚きや緊張の演出に変えた。

そして縦スクロールは、画面上のコマの間隔や読者の操作を、新しい表現手段にした。漫画の形式が変化するたび、作品の作り方だけでなく、販売や配信、読者とのつながり方も変わってきた。物語を載せる器の変化が、産業の形まで動かしてきたのである。

興味深いのは、縦スクロール漫画が、漫画市場の衰退に直面した韓国で育ったことだ。既存の成功モデルを守る必要が比較的小さかったからこそ、紙に合わせるのではなく、インターネットの画面に合う形式を試す余地が生まれた。危機への対応として始まった工夫が、世界の読者に受け入れられる表現へと成長した。

これからの漫画は、紙か画面かだけではない

今後は、紙の漫画とウェブトゥーンのどちらか一方がすべてを置き換えるというより、作品や読者に合った形式が併存する可能性が高い。ページをめくる体験を生かした作品もあれば、スマートフォンの縦画面や画面操作を前提にした作品もある。映像化やアニメ化など、別の媒体へ広がる際にも、最初にどの形式で物語を作るかが影響する。

大切なのは、新しい技術を使うことだけではない。読者がどこで立ち止まり、何を想像し、どの場面で驚くのかを考え、形式に合わせて物語を設計することだ。かつて小さな枠が絵を物語に変えたように、次の表現の変化も、読者が画面やページとどう向き合うかから生まれていく。